SNSなどを使って不特定多数に「嫌い」を発信するとデメリットである例を書いてみる

不特定多数に嫌いを発信すると、どうなるか?

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ネットとリアルを分けている人というのは会話を聞いていると解る。人間関係に対しハッキリを物事を言える人は分けている人だ。私も比較的ハッキリ言う方だと思う。いや、実際には行動しているというのが正しいのかも知れない。Twitterであれば見たくない人はフォローしなければ良いのは当然であり「相互フォロー」に対して煩く言ってくる人も少なくない。ネットとリアルの違いと聞かれて皆さんはなんて応えるだろうか?私はこのように答えます「経歴などすべてが関係なく匿名で言いたい事を言える世界がネット。その逆がリアル」このように思う。ネットの強みであり、弱点でもあるこの点だが私は個人的に好きなのでブログやSNSなどを積極的に今までやってきた。勿論仲良くなればブログやTwitterだけではなく実際に会って遊んだりも出来、これまでも非常に良い友人に恵まれてきたと思っているが、最近少し思ったことが1つある。

 

先日のTwitterでの出来事

それは先日SNSなどでタイムラインを見ていると「◯◯さんの事が嫌いです。もう関わりたくありません」というツイートを流している人がいた。私は自然と流していたが次にその◯◯さんが「言いたい事があるならSNSでなくハッキリ言え」というツイートを流したのだ。事情はどうあれ2人をフォローしている人なら会話が丸見えである。正直な所、私もその2人は全く知らない中ではない。だが私は「この会話に首を突っ込むと巻き込まれそうになるから辞めよう」とスルーしたのだ。これは我ながら正しい選択をしたと思っている。ここで首を突っ込めば「どちらが正しいのか」という問に対して答えなければならないからだ。しかしどちらとも繋がりがあるというのは良し悪しである。

 

その時点で私の中で2人の評価はかなり下がっていた。理由はどうあれネットで「◯◯さん嫌いだ」「ハッキリ言え」というやり取りを誰でも見れるタイムラインで書いていたからだ。もし仮に「◯◯さん嫌いだ」というツイートに対してスルーなり、DMで会話するのであれば考えが変わっていたかも知れない。なぜ評価が下がったかは一度そういった書き込みをした人というのは再び同じことをするという事を経験上よく知っている。それは癖に近いと思っていい。怒りや悲しみをぶつける場所がなく、SNSに書くというのは癖なのだ。私は2人をフォローから外すことにした。

 

SNSなどのツールで「嫌い」を発信すべきではないという理由

ネットであれリアルであれ悪口ではないが自分にメリットがない事はあまり口に出さない方が良い。”口は災いの元”である。ただリアルとネットの大きな違いはリアルはその場限り。ネットは永遠に残り続けるということ。リアルの友人に「ごめん、あの人嫌いだ」と言う事は信用している友人に対してなので広まる確率が少ない。ただしネットというのは誰が繋がっているのか解らないと思っていい。誰かがその発言を拡散し「◯◯さんの事が嫌いだって」と広まるのは時間がかからない。

 

SNSなどのツールを使って「嫌い」を発信する事は不特定多数の人に「私は◯◯さんが嫌いなんだよ~!拡散して~!」と言っているようなもの。本人は気軽にツイートした事かも知れないが、気づいた頃には手遅れというのがネットで「嫌い」を発信するデメリットだと言える。仮に「◯◯さんが嫌い」という事をハッキリと常日頃から言っているような性格であれば問題無いだろうが、そういった人というのは中々いないでしょう。

 

ネットだからこそ覚悟をして発言する

SNSやメール、掲示板やブログに何かを書く時というのは深呼吸しながら書くといいかも知れない。過去にそういった失敗をした人も多いはず。「ネット=匿名」というメリットは捨てた方がいい。匿名性だからこそ怖いという事はネットに関する過去の事件をみても解る事ではないだろうか。「ネットだから冗談で何書いてもいい」という事ではなく「ネットだからこそ冗談で済まされない」という事は私は義務教育で教えるべき問題になっていると思っている。情報社会で生まれた子だからこそネットに関する危機を例にあげて教えるべき。「そんな事」と思うかも知れないが基礎を教える事は大事な事。世の中に「当たり前」という言葉は無い。ネットで発言する前に深呼吸を忘れずにするという事は非常に大事な事だと私は思う。

 

*実体験も含めていますが「はてなブログ」のTwitterアカウントとは関係ありません

*登場人物にはフェイクを入れてあります